井上箔山堂
【講演】2008年9月 響きあう絵と額縁の世界

2008年9月20日(土)午後1時〜3時

神奈川県藤沢 朝日カルチャーセンター・湘南にて

会場には近年作成されたの特徴的な額縁6点(内2点は所蔵画廊の協力で作品付き)が飾られ
参考の資料として数名の作家さんの略歴表と講師、井上箔山堂の井上和好氏の紹介として2008年3月に「新美術新聞」掲載記事が受講者の机に用意され、講演は始まりました。

約2時間の講演は、企画ナビゲータの滝本素子氏(朝日カルチャーセンター・湘南)の案内により、井上和好氏が額縁製作を始めたきっかけから作家さんとの出会いと交流。額縁の技術的なことや今後の額縁製作のことまで。 話は多岐にわたる豊富な内容で、会場にはときおり笑いがおこるような場面も...。
質疑応答では若い受講生からの技術的な質問が目立ちました。

<講演の内容より 一部を抜粋>

「作家との出会いや交流」有元利夫さんとのこと

上野の絵画修復『浅尾沸雲堂』で働いていたとき、今から30年以上前の話ですね。当時は版画のマット紙の裁断をフリーハンドで革切包丁を使っておこなっていたのですが
私が革切包丁を研いでいる背後から「おじさん」と声をかけられ、ふりむいたら有元利夫さんがいました。卒業制作の額縁の相談に乗ってほしいと云われました。

おじさんっていっても 歳は1才しか離れていないんですけどねぇ...(笑)

それから有元さんと有楽町の骨董品店『織田有』によく行きました。
そこに欲しい洋額縁があって、でも高いからお金をためているうちに 目を付けていた額縁を型絵染め作家の芹沢銈介さんが買っていってしまったということもしばしば...。 で、しょうがないからマネして作っちゃおうかって ここで生まれたのが虫食いの額縁なんです。

虫食いのような加工をほどこしたものは今では額縁として常識になっているけど 初めて画商さんにこの虫食額を納めたとき 「井上さん。もうちょっと良い木を使ったらどうかね?」って 勘違いされてしまったことも...。

水島哲雄さんや室越健美さんなどに作った額縁『埋木(うもれぎ)』って呼んでいるんだけど、 砂浜の流木をイメージして作った額縁を作った時も同じように云われたことがあったなぁ(笑)

「作家との出会いや交流」千住博さんとのこと

四畳半のアパートから、ボロい一軒家に移って、アシスタントが一人入ってくれて...

千住博さんが工房に訪れたのは、そんな時期でした。
まさに千住さんの著書(世界文化社)『「美」を生きる』に書いてあるシーンですね。

その本には“気難しい額縁屋”と とてもかっこいい僕が描かれているんだけど
実際の僕はそんなにかっこいい額縁屋ではないんですよ。(照れ笑い)

作品を見て、この作家さんは さて どんな人なんだろう? どんなアトリエで描いているんだろう? 好みは?癖は? この作家さんの大切にしているものは何だろう...?と
僕はそんな風にイメージを模索して額縁を作っていきます。
例えば、有名な作家さんの名を画商さんに伝えられても、とにかく当時はどんな絵でも作品を見てみないと解らなかったのです。だからご依頼を断ることも何度かありました。

ん?...どちらにしても気難しい額縁屋ですね(笑)

現在、銀座の永井画廊では当時の千住博さんの作品と額縁を見ることができます。
このときから千住さんの作品に向かう姿勢や真剣なまなざしは変わっていないんですね。作品を見てあらためて感じました。

「額縁の発想の仕方や製作」技術に関すること

もし創作で迷ったときには、額縁の形を次のように内流れ、外流れ、平面とおおまかな3種類の形からイメージするとよいと思います。 内流れは中心が奥にある遠近法を感じる絵に、外流れは絵が前に出たがっているものに。平面構成してある絵には平面型を用いてみるとよいでしょう。

箔押しは、ワニスを使った「油押し」と膠を使った「水押し」に分けられます。 ロウソクの光や差し込む外光で鑑賞する時代であれば磨き上げた金箔でいいのですが、今は「いぶし」や「よごし」を施します。

「額縁の発想の仕方や製作」額縁屋の今後 そして 額縁屋を目指す方へ

箔山堂の額縁は古典の技法を基本としていますが、日本の風土に合うように日本の工芸技術を取り入れます。たとえば下地材には石膏ではなく胡粉を使います。膠も僕はラビットスキンはあまり使いません。

ただ現在急激に材料の入手が困難になるものが増えてきています。 本金の水押しにかかせない箔下砥の粉「アシェット」は非常にきびしい。また、反らない狂わない障子の桟(さん)などに使用する木材、アメリカ杉も今はとても高価なものになってしまいました。試しに他の木材を使って作ったものと比べてみたのですが、仕上がりの見た目がまるで違いました。
まったく同じ手法で手を加えても木材が違うだけで、こんなに違うものかと気づいたのは実につい最近のことなんです。

技術と材料の追いかけっこは加速しています。

額縁屋は絶滅危惧種のローランドゴリラみたいなものかもしれません(笑)

今まで使っていた材料の質の低下も危機的です。
箔を打つ良い技術者もいなくなっています。銅と亜鉛の合金、洋金(ニセ金)と呼ばれているものも昔と比べてすごく悪くなってきています。
木工の技術者も、家具を作る若者は多くなっているといいますが額縁の木地職人を探すのは難しいんです。

現在の環境は、これから額縁屋を...と思っている人にはとても厳しいかもしれません。
ただ、バカがつくほど好きであれば(笑) そして そういう人が増えていってくれればこんな厳しい状況も動かせるって思っているんです。期待しています。